Hinako Journal

ヒナコ・ジャーナル(Over50な妙齢のヒトリゴトやオモウコト)

もしも英語が使えたら

私は学生のころ勉强ができたはずなのだ。小学生のころはあまり意識していなかったが成績は決して悪くなかったし、周りからも勉强ができる子と言われていたし、恥ずかしながら自分自身でもそう思っていた。

それなのに英語はめっきりダメだった。

その英語も学校の成績はそれほど悪くなかったがそれは教科書を丸暗記をすれば定期テストで点数が取れるからであり、模試の英語はそもそもの意味がわからないなど点数は散々で「A、B、C」とアルファベットを見るだけで嫌悪感を感じていた。そのまま大人になり日常で英語をつかうことが無いため英語ができなくとも生きることができる。だから改めて英語を勉强しようなどとは思わなかった。また所属している会社はTOEIC800点以上とらないとダメといったノルマがあるわけではなく安心して過ごしている。

英語を勉强しようと決心した

その私が昨年英語を頑張ると公言した。それでも仕事が忙しいだのモチベーションが下がっているだの「いいわけ」を作ってはサボっていた。人は必要に迫られないと頑張れないという生物なのだろうと自分に言い聞かせては無理やり納得している。それでもこの4月に人事異動という生活の変化があり改めて英語勉強を再開しようと思い立った。このような生活の変化は何度も訪れるものではなく、このチャンスを逃したら二度と新しいことをしようと思わないかもしれない。そんな思いで決心した。もともと何十年も英語に嫌悪感を持っていた私が英語を勉强しようと思ったのは、パートナーが「先の人生のため英語の勉強をする」といったため私も真似するという安易な理由ではありながらも「先の人生のため」ということがが私にささった。

「定年」は決して遠い言葉ではなく目の前にある。最近になってそれを意識するようになった。60歳が今の雇用形態としての定年とするとあと5年。その後雇用形態を変えて今の会社で働き続けるかはわからないが、何らかの形で収入を得たいし社会とつながっていたいと思う。退職した後に私ができることはなんだろうと思ったときに、今の会社では通用しても外では通用しないものがほとんどではないか。また同じ技術力であれば若い人を採用するのが今の企業のありかたである。そう思い、幅広く通用する英語を勉强しようと決心した。もちろん勉强したからといってそれが仕事に結びつくかはわからないが、少なくともこの先の人生の選択肢が増えるだろう。

もしも英語が使えたら

まだ始めたばかりで「もしも」を語るのは取らぬ狸の皮算用であるが、まあ夢を語るのはタダということで語ってみようと思う。

アメリカに移住して仕事したいという野望はない。野望がないというよりは日本が好きなのでその中で英語を使った仕事をしたいといいながら、そもそも英語で道を尋ねられそうになっただけで下をむいて極力逃げる生活をしている中「もしも」であっても夢を語るのが恥ずかしい。まずは英語で話しかけられたら気後れせず英語で返事が返せる。まずはここからと思う。

今まで苦手なものからずっと逃げ続けていたが、もし逃げずに克服できたらそれが自信となり明るい人生が見えるような気がする。まだはじめの一歩を踏み出したばかり。最近は歩みも遅くなりがちだが、焦らずに少しの時間でもいいから継続していければと思っている。「いいわけ」を作らないように。